宿題(11.01.13)


●必至(1手必至)


●詰将棋(7手詰)
 

駒桜将棋まつりin箱根(11.02.20)


※公式ページはこちら。以下一部転載します。
※必ず元となる情報(主催による案内など)にてご照合、ご確認をお願いいたします。
この記事に係るクレームなどには応じかねますので、ご承知のほどを。

駒桜将棋まつりin箱根


●日時
平成23年2月20日(日)10:00受付 11:00開始

●会場
レイクアリーナ箱根
神奈川県足柄下郡箱根町仙石原1244-2
無料送迎あり(小田原駅西口9時)

●会費
無料

●内容
お好み対局
指導対局(当日会場にて抽選)

●出演女流棋士
斎田晴子女流四段、矢内理絵子女流四段、貞升南女流1級 他

※「第57回箱根名人戦将棋大会」の一環として開催されるようです。
詳しくは公式ページをご参照下さい。
 

年賀詰2011


遠藤先生から詰将棋つきの年賀状をいただきました。
皆さま、正月ボケの解消にいかがですか。

●遠藤先生作(9手詰)


上が難しい方は拙作で肩慣らしを。
見慣れた図ですか。干支にちなんで。

●ピリ辛流作(9手詰)
 

【新春インタビュー】佐伯昌優九段 その3

2011.01.03 Monday
 

【新春インタビュー】佐伯昌優九段
その3 たくさんの人に助けられた。良い弟子にも出会えました


(その1は
こちら
(その2は
こちら

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(愛犬ハナと。1984年)

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(生家に飾る書と格闘中。1990年)

▲趣味や生きがいについてお聞きします。

「趣味はドライブと旅行です。最近は減りましたが。普及でも全国あちこちに行きました。北海道は『巡回教室』として各支部を回りました。旭川では作家の三浦綾子さん(代表作に『氷点』)ご夫妻と指導対局。対局の様子を雑誌に載せていただきました」

▲先日、奥様から
遭難のエピソードを伺いましたが。

「ドライブ旅行の良き相棒が関屋さん(関屋喜代作七段)でした。関屋さんはカメラが趣味で高山植物を撮る。プロはだしで本も出しています。私は山歩きが好き。ウマが合ったんです。運転はもっぱら私。一日500キロはザラでした」

▲その他には。

「子供に将棋を教えることが生きがいですね。子供自体が好きなんです。孫と指すこともあります。王様一つから始めて、今は金二枚(笑)」

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(こども将棋教室の生徒と)

▲私たち熟年もよろしくご指導下さい(笑)。これまでの棋士人生を振り返られてお感じになることは。

「子供の頃から恵まれていました。たくさんの人に助けられた。良い弟子にも出会えました」

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(還暦のお祝い。左は斎田女流。1996年)

▲そうした人脈に辿り着けるのも、先生の人徳のなせる業ではないでしょうか。では最後に伺います。もう一度生まれ変わったら、また棋士になりますか。

「それはねえ……ならない(笑)。探検家になりたいです。山登りが好きなんですよ。丹沢は数知れず。富士山は二回登りました。頂上で将棋を指したことを大内くん(大内延介九段)が雑誌に書いていました」

▲最後まで楽しいお話が聞けました。長時間ありがとうございました。

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(昔のアルバムをご用意下さいました)

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「おかげで最近色々なことを思い出します」(
佐伯五月さん・写真左)

【感想戦】
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和室でお宝を発見!!
「福寿」の色紙の五重奏。歴代永世名人の書です。

右から中原誠十六世名人、木村義雄十四世名人、関根金次郎十三世名人、大山康晴十五世名人、谷川浩司十七世名人。

知人から関根名人の書(写真中央)を譲り受け、木村名人には今の家の引っ越し祝いに書いていただいたそうです。その後残りの三人にお願いして、五つ揃えたのだとか。

先生、ご長寿間違いなしですね!!
 

【新春インタビュー】佐伯昌優九段 その2

2011.01.02 Sunday
 

【新春インタビュー】佐伯昌優九段
その2 将棋は我慢、忍耐。「プロは苦しみ、アマは楽しむ」


(その1は
こちら

▲それでは、現役の頃の将棋のことを伺います。影響を受けた棋士は。

「木村義雄十四世名人です。木村名人は1952年に引退されました。私が奨励会に入会した年です。翌年、坂口先生(坂口允彦九段)が連盟の会長になり、弟子の私は塾生になりました。(塾生に空きが出た)。木村名人のお宅(茅ヶ崎市)には、給料袋や免状(署名をもらうため)を届けに行きました。一日出掛けられることがうれしいんです。おまけに奥様が食べ物や小遣いを下さる。あちらは大したことないけれど、こちらは大したことある(笑)。名人のお話も伺えました。将棋は教わらなかったけれど、勝負の厳しさに触れた気がします。『千日手は指さない』と仰っていた。確か一局もなかったはずです。後に茅ヶ崎に住んだのも、名人を慕う思いがありました」

▲他には。

「升田幸三実力制第四代名人にはよく怒られたけれど、可愛がってもらいました。大山先生(大山康晴十五世名人)は『佐伯くん、お茶くれる?』だけど、升田先生は『おい佐伯、お茶持ってこい!』ですから。仲間らとお宅に伺うと、『酒でも飲んでいけ』とか、根は優しい先生でした。塾生はあれこれ雑用を頼まれて大変だった反面、将棋を教わるなど特権もあった。恵まれていました」

▲師匠(坂口允彦九段)はどんな方だったのでしょう。

「大正モダンのハイカラな人。そして努力の人でした。終戦直後、仕事がないとき、『米兵にチェスを教えよう』と思い立ち、英語とチェスを辞書と首っ引きで一から勉強したそうです。一日24時間のうち、4時間を寝食に、残りの20時間を勉強に当てたとか。アメリカ人から、『どこのアメリカの大学を出たんですか』と聞かれたそうです。体力、気力とも桁外れでした」

▲……すごい……。「くろがね」の異名の由来ですね。

「酒場で飲み始めるともう止まりません。店のおかみが『閉店です』と言うと、先生は『いいから。お前が帰れ』と言って本当に帰しちゃう(笑)。翌夕、おかみが店に来ると、まだ飲んでる(笑)。正月にお宅に伺うと、一週間くらい寝ずに研究です。たまらず『先生、お先に寝ます』と言って、寝て起きると、まだやっている。とにかく徹底していました」

▲昔の人は鍛えが違うとは思っていましたが、これほどとは。それでは、一番の思い出の対局をお聞かせ下さい。

「四段昇段を決めた一局。プロなら皆そうではないかな。1959年9月、星田啓三六段戦です。当時は年に二人しか四段に上がれなかった。年二回、東西の一位同士が戦い(東西決戦)、勝った方が昇段です。星田六段は有名な阪田三吉名人王将のお弟子さん。このとき、C2クラスから降級していました。対局は大阪。現地は皆星田さんを応援していて、やりにくかった」

▲星田啓三六段
△佐伯昌優三段
奨励会 東西決戦
1959/09/12

19580912星田佐伯128手.gif
(四段昇段の図。投了図は△1五角まで)

▲では、生涯の一手は。

「中原誠名人との対局。1977年3月の棋聖戦本戦です。1図は歩を成り捨てたところ。ここから▲6四角(2図)の只捨てが三手一組の好手でした。この後寄せ損ねて負けてしまったけれど」

▲佐伯昌優七段
△中原誠名人
棋聖戦 本戦
1977/03/22

19770322佐伯中原66手.gif
(1図は△6三同銀まで)

19770322佐伯中原67手.gif
(生涯の一手。2図は▲6四角まで)

▲会心の手順ですね。名人も意表を突かれましたか。△同銀に32分使っています。それでは、先生が考える「将棋観」をお聞かせ下さい。勝負としての将棋と、娯楽としての将棋があると思いますが。

「前者で言えば、『我慢』『忍耐』です。ゲームとしては、どこでも気軽に楽しむことができる。子供も大人も。男も女も。『プロは苦しみ、アマは楽しむ』です」

(その3に続く)
この後、プライベートについてお聞きしました。次回(最終回)もお楽しみに。
 

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女性・初級者歓迎
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師範
佐伯昌優(さえき・よしまさ)九段

会場
フジサワ名店ビル 7階Bホール
JR・小田急藤沢駅南口2分

日時
第2・第4木曜日 13時〜17時

料金
入会金 2,000円
月謝 3,000円

対象
一般(年齢・性別・棋力は問いません。実力に応じて指導します)

内容
大盤で解説/指導対局もいたします/自由対局

備考
現在、30〜80歳代の男女半々の20数名の方々が、初心者〜有段者まで、棋力に合った楽しみ方をしています。(サロンの様子はこちら

お問い合わせ
E-mail s9ss@hotmail.co.jp
TEL 0466-82-9317

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