【アーカイブ】相撲はかなり本気でした その1

2016.04.01 Friday
 

『将棋世界』2004年3月号より

時代を語る・昭和将棋紀行

第8回 佐伯昌優八段
『相撲はかなり本気でした』


[聞き書き]木屋太二
[撮影]本誌



はじめに

佐伯昌優八段は“クロガネ”と呼ばれた坂口允彦九段の門下である。クロガネは鉄。相手は攻めても攻めても跳ね返される。それほど坂口九段は受けが強かった。佐伯八段にも師匠に似た受けの強さがある。二枚腰、三枚腰だ。少年時代、本気で相撲の力士になることを考えた。六十キロの米俵を軽々と持ち上げてしまう怪力少年だった。それが将棋に影響しているのかもしれない。

塚田正夫名誉十段は坂口九段の兄弟弟子である。生前、お二人は大変仲が良かった。塚田先生が、「酒を飲みたい」と言うと、坂口先生は決まって、「ああ、いいよ」と返事をする。待ち合わせ場所は横浜の東横線白楽駅前の居酒屋。佐伯八段は、何度も同席したと言う。店には塚田先生の実戦型詰将棋の色紙が飾られていた。坂口門下だった私も拝見した。その店は、もうない。

木屋太二


少年時代の師匠

“ふたりっ子”というテレビドラマがありました。双子の姉妹の一人が将棋のプロ棋士を目指す話です。そこに佐伯銀蔵という真剣師が登場します。劇中では、“銀じい”と呼ばれていました。

この“銀じい”のモデルは大田学さん(朝日アマ名人)です。大田さんは“放浪の真剣師”とか“最後の真剣師”と言われ、その筋では有名な存在。九十歳になったいまは、大阪の通天閣の道場で将棋を教えている、と聞いています。

その大田さんは鳥取県の出身で、しょっちゅうわが家に来ていた。私の家は鳥取県の東伯郡赤碕村というところにあり、十七、八代続いた旧家です。赤碕村は現在、町になっています。

土地は広く、屋敷は大きい。私はそこで昭和十一年八月四日に生まれた。父は佐伯康治(こうじ)、母は松代(まつよ)。両親の間には男五人、女二人の子どもがあり、私は上から三番目の三男です。

父はそれほど将棋好きという訳ではなかったが、京阪神から来る賭将棋専門の真剣師たちを、よく家に泊めていた。

「鳥取の佐伯のところに行けば面倒をみてくれる」

そういう話が、口伝えで広がったらしい。年中、誰かが来ては将棋を指していた。大田さんも、そのなかにいた。

大田さんの好敵手は岩本さん。近所の床屋さんだが、この人がすごい人で床屋の日本一に何回もなっている。全国のコンクールがあり、そのために県の予選を行う。将棋のアマチュア名人戦のようなものです。赤碕村の人口は当時四、五千人。現在は八千人ほどですが、その頃予選をやっても岩本さんにかなう者はいない。まるで大山康晴先生(十五世名人)のような人でした。

岩本さんは将棋が強かった。若い頃、大阪に床屋の修業に行った。小遣いがたまるとプロ棋士に教わった。若き日の大山先生、升田幸三先生(実力制第四代名人)に指してもらった、と言うから筋金入りです。

大田さんと岩本さんが指す時は駒落だった。大田さんの上手で香香角なら大田さん有利、角角香なら岩本さん有利。お二人は、そういう手合でした。勝負には、お金を賭けていた。真剣です。

すごいのは体力だ。大田さんは海軍に行っていたので徹夜は平気。普通の人は二日も寝ないと将棋がよれるが、大田さんは一週間くらい何でもない。だから、たいていの人は将棋よりも体力で負かされる。

一方、岩本さんも丈夫。体力には自信を持っている。という訳で、二人は延々と何番も指していました。私は当時、小学校の低学年で、夜寝て朝、学校に行く。その繰り返しの毎日でしたが、朝でも夜でも、ずっと二人は盤に向かっていた。ぶっ続けで一週間はやっている。本当に、すごかったですね。

この床屋の岩本さんが、少年時代の私の師匠です。「将棋をやるんなら基本から教えてやる」と言われ、六枚落から教わった。無茶苦茶に厳しい人で、板の間に三時間も四時間も座らせる。当然、足が痛くなるが、「そのくらいでへこたれるようじゃ強くならん」としかられる。だから、五時間でも六時間でも座っていた。そういう人がいたおかげで、多少なりとも強くなれたと思っています。

坂口門下となる

入門する頃の話をしましょう。私の家は農家でウサギやカモなど、動物をたくさん飼っていた。私は牛馬の世話をするのがいやで東京に行きたかった。理由は何でもいい。とにかく東京へ出て何かをやりたかった。相撲の力士、競輪の選手、将棋の棋士、そのどれかになりたいと思っていた。

相撲は、かなり本気だった。米俵は一俵六十キロある。それを私は、小学校の頃から持ち上げていた。六つ上の兄は、よう持ち上げない。そのくらい力があった。子どもの相撲大会にも出ていました。

これは、のちに奨励会に入ってからの話ですが、幹事の京須行男七段(八段)に、「相撲をとろう」と言われ、やったことがある。京須先生は軍隊で鍛えた身体です。しかし、私は負けなかった。先生の足を怪我させて悪いことをしました。

昭和二十七年、米子に松田茂行八段(九段)が来た。松田先生は鳥取市の出身。A級八段に昇ったので、その祝賀将棋大会を開いたのです。

私は、それに出場した。中学三年、十五歳の時です。席上、松田八段に二枚落を指してもらったが、勝てませんでした。この将棋は日本海新聞に出ました。棋譜も残っています。松田先生に、「中学を卒業したら東京へおいで」と言われた。そのひとことで東京へ行くことと、将棋のプロ修業することを決心しました。

卒業して上京。松田門下になるつもりで家を訪ねたが、先生のところはごたごたしていて、結局、弟子にはなれなかった。戦後七年目で東京も生活が大変。食料事情も厳しい時代です。

しかたがないので中島富治さんを頼って行った。中島さんは財界の相当な人で、将棋界では名人戦を創ったことで知られています。当時の棋士は、ずいぶんお世話になったようですが、なぜか木村義雄十四世名人とはうまくいかなかった。

中島さんは花田長太郎八段(九段)が好きで花田一門を応援していた。そういうこともあり私が相談すると、「それじゃあ坂口允彦八段(九段)の弟子になれ」と言う。坂口八段は花田一門です。中島さんは、その場で電話をかけた。

「頼むよ」

「わかりました」

そうしたやりとりがお二人の間であり、坂口八段は私に、「横浜に来なさい」と言ってくれた。これで坂口門下になることが決まりました。

昭和二十七年五月二十日。これは私が内弟子になった日です。前年、坂口先生はA級八段で、順位は四位だった。その頃、産経杯戦で優勝。三年ほど前にチェスから将棋に復帰したと聞いた。横浜は私にとって、初めての土地でした。

坂口先生のお宅には、奥様のご両親が一緒に住んでいた。伊藤さんといって、父親は新宿の駅長をした国鉄マンです。この人が時間に正確で毎日、朝の六時に出勤する。判で押したようにです。

家族は見送らなくてはいけない。私は対局の記録係で、夜遅く帰ってくる。寝たと思ったら起こされる。「また寝てもいいから一回起きなさい」と言われた。若い頃は、いくらでも眠りたい。これは、つらかったですね。

坂口先生の家は横浜市の神奈川区にある。神奈川大学のそば。最寄り駅は東横線の白楽です。近所に小堀清一八段(九段)門下の河口俊彦さん(七段)が住んでいた。河口さんの兄弟子の津村常吉四段(七段)が横浜の日の出町で将棋クラブを開いていた。そこへ河口さんと行き、よく指した。あとは棋譜並べが、おもな勉強方法でした。

その2に続く)
 

年賀詰2016 解説Part2

2016.01.08 Friday
 

(解説Part1はこちら

昨年を上回る14局が揃いました。ご参加いただいた皆さま、解説に協力して下さった玉子王子さんに心よりお礼申し上げます。

本企画はあくまでも年始の挨拶であり、創作の巧拙を競うものではありません。どうか温かな眼差しでご鑑賞いただければ幸いです。(ピリ辛流)

OHSHOU


▲1三角成△同 桂 ▲2一角 △2二玉 ▲3三桂成△同 玉
▲3一飛成△2四玉 ▲3五竜まで9手詰

妙手▲3三桂成

初手▲1三桂成は△同桂で不詰。▲1三角成〜▲2一角と迫ります。

4手目△1一玉は▲4三角成以下早詰。△2二玉に▲3三桂成が絶妙の好手で、△同玉(*)に▲3一飛成以下ぴたりと収束します。実戦でこうした順で詰ますことができたら、さぞかし気分がいいでしょうね。

(*)△1一玉も▲3二角成(または▲4三角成)以下同手数の詰み。

千成ひょうたん


▲7四角成△6三金合▲5三銀 △6一玉 ▲6二銀成△同 金
▲5一飛成△同 玉 ▲4一飛まで9手詰

守備駒を逆用

2手目△4二玉は▲5一飛成△3二玉▲4一馬以下同手数駒余り。6三への合駒は金以外だと▲5三銀〜▲6二銀成があります。

よって△6三金合としますが、それでも▲5三銀〜▲6二銀成と迫り、召し取った飛車で詰め上げます。

序で発生させる合駒、それらの守備駒を逆用して仕留める。とても野心的なテーマに感銘を覚えました。

ハナ&ナツ


▲2三銀 △同 飛 ▲2一銀 △同 飛 ▲3二飛成△2二銀
▲2三銀 △1三玉 ▲1四銀成△1二玉 ▲2三成銀まで11手詰

銀の舞

初手▲3二飛成は△2二銀で不詰。▲2三銀〜▲2一銀が、飛車を翻弄しつつ下段に落とす一連の好手です。

待望の▲3二飛成に△2二銀の移動合で抵抗しますが、▲2三銀〜▲1四銀成〜▲2三成銀と、銀のステップで詰め上がりとなります。

攻方は5手目以外はすべて銀の着手。△2二銀ともども「銀の舞」とも言うべき一局でした。

龍女


▲2四桂 △2一玉 ▲1二銀 △同 金 ▲3二金 △同 角
▲1二桂成△同 玉 ▲1三金 △2一玉 ▲3三桂不成まで11手詰

吊るし桂

詰将棋らしくリズミカルな手順。収束も吊るし桂で心地よく詰め上がります。4手目△同角は▲1三桂不成△同金▲3二金まで。

玉方4二歩は余詰消しの駒。3手目▲3二銀は△同金▲同桂成△同玉▲3三金△4一玉で逃れています。

玉方4二歩に代えて3四角を置く案もありそうです。(その場合、詰手順は少し異なります。お調べを)

遠藤三郎


▲2二金 △同 玉 ▲3一銀 △同 玉 ▲4一金 △3二玉
▲4四桂 △同 歩 ▲4二金 △同 玉 ▲4三銀打△5三玉
▲6三金まで13手詰

穴熊×小駒図式

穴熊玉を小駒で攻略。見るからに金銀のやりくりに悩まされそうです。

攻方5一金の活用が本局最大のポイント。一つには▲2二金〜▲3一銀の順に捨て、5手目▲4一金と活用する。二つには▲4四桂と打ち捨ててから9手目▲4二金とさらに活用する。△同玉(*)以下中空にて詰め上がりとなります。

(*)△2二玉も▲3一銀(または▲3二金)以下同手数の詰み。

A. K.


▲1四桂 △3二玉 ▲4三桂成△同 玉 ▲5三飛成△3二玉
▲2二桂成△同 玉 ▲2四香 △1一玉 ▲3三角成△同 桂
▲5一竜まで13手詰

鮮やかな収束

初手▲3四桂は手が続くものの不詰。正しくは▲1四桂でした。

この桂を7手目▲2二桂成と成り捨てるのが鮮やかな収束の始まり。以下▲2四香と打ち換え、△1一玉に▲3三角成が豪快な決め手。△同桂に▲5一竜まで合駒効かずの詰みとなります。

9手目▲2四香は2五以遠も可。10手目△3二玉は▲2三香成△4一玉▲5一竜まで。こちらも正解です。

ピリ辛流


▲2三桂 △同 馬 ▲1二歩 △同 馬 ▲同 と △同 玉
▲2一角 △1一玉 ▲2二竜 △同 玉 ▲3二馬 △1一玉
▲2三桂 △同 竜 ▲1二歩 △同 竜 ▲同角成 △同 玉
▲2二飛 △1三玉 ▲2三飛成まで21手詰

初形「16」

初手▲1二歩は打歩詰。ほどなく▲2三桂〜▲1二歩が浮かぶでしょう。

8手目△1三玉は▲5三竜△1四玉▲1三竜△同玉▲1五飛△1四合▲2五桂以下早詰。△1一玉に▲2二竜が英断の継続手です。

12手目△1三玉は▲2五桂まで。△1一玉で再び打歩詰の局面に。ここでも▲2三桂がありました。収束は清涼詰。きれいにさばけました。

(作者の敬称は略しました)
 

年賀詰2016 解説Part1

2016.01.07 Thursday
 

新年明けましておめでとうございます。

当ブログの年始企画である年賀詰の前編です。指し初め前のウォーミングアップに如何でしょうか。本年も宜しくお願い申し上げます。(玉子王子)

玉子王子


▲3一角成△2三玉 ▲1二飛成△同 玉 ▲2二馬まで5手詰

玉は下段に落とせ

5二の飛車が当たっているので、初手は▲3一角成と両王手する一手。

対して△同玉は▲2二飛成まで、△3三玉は▲2二馬までの早詰なので△2三玉ですが、3手目▲1二飛成が詰将棋らしい玉を下段に落とす手筋で、以下△同玉▲2二馬で詰み上がります。

なお、3手目▲4一馬と金を取るのは△3三玉で不詰。

あつしくん


▲2六角 △同 玉 ▲1七金 △1五玉 ▲2七金まで5手詰

開き王手詰

年賀詰にふさわしい七色図式。初手▲3五角や▲5三角成などの開き王手は、△1六歩と合駒されて詰みません。また、初手▲1六金は、△同玉なら▲5三角成以下詰みですが、△1四玉と引かれると詰みません。

そこで初手▲2六角の両王手で玉を吊り出し、▲1七金と打ち換えるのが面白い手順で、最後は打ち換えた金を寄った開き王手で詰み上がります。

ななころび


▲2四桂 △1一玉 ▲2一金 △同 玉▲3三桂不成△3一玉
▲2一金まで7手詰

桂の包囲網

桂の特性を生かして、玉を包むように詰めるのが本作のテーマです。

まず初手▲2四桂で△1一玉(△2一玉は▲3三桂不成以下駒余りで早詰)と追い、▲2一金と捨てて玉を2一に呼んでから、▲3三桂不成と二枚の桂で玉の包囲網を絞っていきます。

最後は再度の▲2一金で収束。金打ちのリフレインが印象的でした。

チビワン


▲3二桂成△同 玉 ▲3一金 △同 銀 ▲4三銀 △4一玉
▲5二金まで7手詰

実戦型

矢倉囲いの実戦型詰将棋。初手▲3二桂成△同玉までは必然ですが、3手目▲4三銀は△同銀で5三角の利きが3一まで通って詰みません。

そこで角の利きを通す前に3手目▲3一金と捨て、△同銀と守りの銀を引かせます。以下は▲4三銀△4一玉▲5二金で詰み上がります(6手目△4一玉に代えて△2二玉も▲2三金までの詰み)。

うさこ


▲7四桂 △同 銀 ▲6二竜 △8一玉 ▲7二銀 △9二玉
▲8三銀引成△8一玉▲7二竜まで9手詰

一間竜の作り方

初手▲7一銀は△9二玉▲7二竜△8二歩合で詰みません。

7三の銀の守備力を弱め、かつ一間竜の形をどのように作るかが本作を解く鍵ですが、初手▲7四桂△同銀と捨てることで▲6二竜を実現させます。2手目△9二玉は▲8一銀まで。

▲6二竜△8一玉(△7二合は▲7三銀打以下駒余り)▲7二銀△9二玉に、▲8三銀引成の両王手が最後の決め手です。

ノラネコ


▲3一飛 △2三玉 ▲2二桂成△同 玉 ▲3三銀 △1三玉
▲1一飛成△2三玉 ▲2四金まで9手詰

要駒の打ち換え

初手は上部脱出を防ぐ▲3一飛で、△2三玉(△3一同玉は▲2二金まで)に3手目▲2二桂成が軽妙な成り捨て。

対して△1三玉は▲3三飛成以下、△1四玉は▲3四飛成以下、△2四玉は▲3五金以下駒余りで詰むので△2二同玉としますが、▲3三銀と攻めの要駒を桂から打ち換えて収束に入ります。

6手目△2三玉は▲2四金で、△3一玉は▲2二金で早詰。8手目△1二合は▲2四金で詰み。

敗者


▲2五桂 △同 歩 ▲3一角 △2三玉 ▲2四飛 △同 竜
▲2二角引成△3四玉▲4四角成まで9手詰

大駒の連携

初手▲3一角は△2三玉から上部に逃げられるので一工夫必要ですが、▲2五桂が巧い捨て駒。対して△2三玉と逃げるのは▲4五角が退路封鎖の好手で、以下△同竜▲2二飛△3四玉▲2四飛成△4三玉▲4二角成の同手数駒余りで詰み。

よって△2五同歩としますが、▲3一角△2三玉に▲2四飛と先に空けた所に捨てるのが最後の決め手で、△2四同竜と竜を移動させてから▲2二角引成〜▲4四角成で詰み上がります。

なお、6手目△2四同竜に代えて△3三玉は▲4二角成で早詰。変化手順を含めて大駒同士の連携が見事な作品です。

(作者の敬称は略しました)
 

年賀詰2016 Part2

2016.01.01 Friday
 

(Part1はこちら

OHSHOU(9手詰)


千成ひょうたん(9手詰)


ハナ&ナツ(11手詰)


龍女(11手詰)


「詰将棋、解くはむずかし、作るはたのし。今年もガンバリます」

遠藤三郎(13手詰)


「時節柄、裸の王様には気を付けて!」

A. K.(13手詰)


「今年は得意戦法をマスターして勝率を上げたいです」

ピリ辛流(21手詰)


「HAPPY NEW YEAR 2016! 秋には佐伯先生の盤寿のお祝いを」

(作意手順を1/8に掲載します)
 

年賀詰2016 Part1

2016.01.01 Friday
 



新年吉例「年賀詰」。受講者有志より、自作の詰将棋を添えて、初春のお祝いを申し上げます。(企画・取りまとめ:ピリ辛流)(作者の敬称は略しました)

玉子王子(5手詰)


「今年も対局数を増やして勝負勘を磨いていきたいです」

あつしくん(5手詰)


「全ての種類の駒を出演させました」

ななころび(7手詰)


チビワン(7手詰)


うさこ(9手詰)


「詰将棋を解くのが苦手な私が作ったので、9手詰とは言え、易し過ぎたのでは?」

ノラネコ(9手詰)


「余詰がないか心配ですが、多分大丈夫だと思います・・・。今年もよろしくお願いします」

敗者(9手詰)


(作意手順を1/7に掲載します)
 

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女性・初級者歓迎
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師範
佐伯昌優(さえき・よしまさ)九段
指導員 遠藤三郎アマ六段

会場
フジサワ名店ビル 7階Bホール
JR・小田急藤沢駅南口2分

日時
第2・第4木曜日 13時〜17時

料金
入会金 2,000円
月謝 3,000円

対象
一般(年齢・性別・棋力は問いません。実力に応じて指導します)

内容
大盤で解説/指導対局もいたします/自由対局

備考
現在、30〜80歳代の男女半々の20数名の方々が、初心者〜有段者まで、棋力に合った楽しみ方をしています。(サロンの様子はこちら

お問い合わせ
E-mail s9ss@hotmail.co.jp
TEL 0466-82-9317

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